かめ廃線を辿る

今週の日曜日は群馬・邑楽に帰省することになったので、急遽「日曜ママチャリ激走」を今日金曜日にシフト。気温が大いに低く、北風も吹きまくっておりますが、そんなことは知ったことではないのだ。で、本日は、今から30年近くも前に廃線となった哀愁の≪東武熊谷線≫の廃線跡を辿ってみようかと。熊谷移住後の一大エンターテインメントとして、楽しみにしておりました。

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(↓踏切上の線路がアスファルトで消されているところがザ・廃線)

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・・・・・・あ、その≪東武熊谷線≫というのは、どういったローカル私鉄&廃線かと言いますと・・・(ほぼウィキペディアより抜粋)東武熊谷線は埼玉県熊谷市の熊谷駅から大里郡妻沼町(現・熊谷市)の妻沼駅までを結んでいた東武鉄道の鉄道路線。地元では≪妻沼線≫とも呼ばれていた。もともと軍の命令で建設された路線で、第二次世界大戦末期(昭和18年12月5日)に群馬県太田市の中島飛行機(現・富士重工業)への要員・資材輸送を目的として、熊谷駅 - 東武小泉線の西小泉駅間の建設が計画され、第一期工事区間として熊谷駅 - 妻沼駅間が開業した。その後、妻沼‐西小泉間が完成しない間に終戦を迎え、同区間が未完成のまま、1983年=昭和58年6月1日に廃線となった・・・・・・ほらね、哀愁漂いまくりでしょ。一応「東武」と名が冠されているのですが、他の≪東武線≫の路線とは一切繋がっていない実に謎めいた佇まいだったのですが、そういう事情があったのね。

(↓ココから始まります。通称≪かめの道≫ですって)

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(↓カメのオブジェがあるからではありません)

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(↓かつてこういう列車が走っていたからです)

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(↓JR高崎線と立体交差していました。熊谷線の方が上!!)

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(↓至る所にカメ)

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(↓国道17号線=中山道沿いにはこんな素敵な歴史的物体も)

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(↓この柵の形状は、明らかにかつて線路があった証拠です)

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(↓この上を、あのクリーム色の東武鉄道の車両が走っていたなんて・・・空想に耽りたい。半日くらいは)

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(↓この辺りから先はほぼ未整備。廃線後25年も経つのに放置とは・・・田舎はおおらかでイイね)

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(↓貴重な「東武熊谷線」の文字!!!)

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(↓この景色を見ると、いやあ、北関東も遠く深くまで来ちゃったなぁ・・・と実感)

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(↓田んぼの中に残る謎めいた杭。絶対に鉄道関係の何かでしょう)

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(↓当時の面影がもっとも色濃く残る地点)

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(↓その先はほとんど普通の広い道路ですが・・・)

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(↓やっぱりカメ!)

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(↓妻沼の母なる川≪福川≫。この上をあの一両編成の車両が・・・)

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(↓終点の妻沼駅の跡。当時を偲ばせるのは、この(ホーム上にあった)並木のみ。あはれ)

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(↓実際にこの区間を走っていた≪かめ号≫)

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・・・・・・ワタシ的には、確か高校生の頃、群馬県だか埼玉県の地図を何気なく見ていて、偶然この不可思議な路線を発見、気になって気になって気になって、ついにある日、友人と2人で当時住んでいた栃木・足利南部から妻沼までチャリンコ激走、一両編成の≪かめ号≫に乗り込み、のんびり熊谷まで・・・あっ、どうやらコレがワタシの「熊谷原体験」だったようです。まさか、その後25年ほど経って、熊谷に住むことになろうとは・・・実に不思議な縁ということで、全て片付けてしまおうかと思いますです

(↓東京も遠くになりにけり、ですが、赤城は近くなりにけり、です)

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この記事へのコメント

ふみ
2010年02月08日 14:16
東武熊谷線・・知りませんでした。さすがです。
明らかに線路があったことがしのばれる柵の形状、
なんですが、ときどき畑の脇などで見かけて
??と思っていました。
手賀沼のほとりにもこんなような柵があるんです。
廃線の噂は聞いたことないんですが。
今度、もっとよく観察してみます。
まr
2010年02月08日 21:05
毎度でございます。

おぉー、他社線とつながっているのに盲腸な辺り、旧西武是政線みたいなものでしょうか。かめ号の運転席窓のプロフィールは東急旧大井町線のような感じもしますね。

列車の立体交差の場合、下が先輩あるいは優先路線で、敬意を表して格下が上を通るのだとどこかで読んだような気がいたします。

書きなぐりですみません。ではでは。
熊谷隠者(仮)
2010年02月09日 23:34
ふみさん

どこかからの転用もあり得るでしょうから、全てが全て廃線跡というワケではないのかもしれませんが、「この場所にかつて電車が走っていたかも・・・」と妄想するのも楽しいものです。

『鉄道廃線跡を歩く』という素晴らしい書物があり、図書館にも多分置いてあると思いますので、是非ご参照下さい。
意外にも自分の住んでいる直ぐ近くに廃線跡はあるものです。。。
熊谷隠者(仮)
2010年02月09日 23:37
まrさん

格下・後輩理論、なるほどです。
本当に謎めいた路線で、廃線となってしまったのが悔やまれます。
東京の≪東武博物館≫あたりに資料ビデオでもあると良いのですが・・・。
当地には秩父鉄道が当たり前のように走っており、毎日ローカル線風情を楽しめます(笑)。
駅そば屋はかなり弱いですが。。。